ぽやぽやの正体

私自身が実家を出たのは、大学入学と同時期なので20年くらい前。
以降、実家で過ごすことはほとんどありませんでした。
というのも、私が2回生くらいの頃、諸事情で母が関東へ移住。
“弟が実家に一人暮らし”という妙な状況となり、
わざわざ実家へ帰る理由が見つからなかったのです。
母が関西に戻ることも無さそうだったのと、
私自身も実家に帰る気持ちが全く無かったので、
実家の名義を弟に変更し、家の管理を任せていました。
その弟も数年前から実家を離れ、空き家状態となっていた我が家。
いよいよ管理がメンドクサイ、てことで売却することに。
(あと、知らん間に弟が再婚していました)
業者さんが家の中の荷物を処分してくれるとのことで、
事前に残置物をチェックして、必要なモノを持ち帰るよう指示があり、
お出かけがてら、数年ぶりに誰も居ない実家へ。
荒れ果てた玄関先に設置されたカエルの置物は変わらず、そのままそこにありましたが、
梅雨の時期にはカエルの鳴き声で賑やかだった、小さな池は干からびていました。
玄関を開けると埃っぽく、階段は砂壁が剝がれて砂まみれ。
家というのは、人が住んで手入れをしないと駄目ですね。
土足のまま、急な階段を上がり2階へ。
残置物=大学入学と同時期以降、人生を共にしていないモノたちなので、
「20年以上、手元に無くて困っていないということは、全て不要なモノだろう」
そんな気持ちで荷物をチェックし始めました。
友だちと交換していた手紙にプリクラ
中古ショップで買い漁った漫画や小説
小さい頃お土産でもらったイニシャルキーホルダー
小学生になったタイミングで父がくれたランドセル
象モチーフの錆びた壁掛け飾り
グレムリンのぬいぐるみ(小)
祖母と集めていたアンティーク調のミニチュア家具たち
どれも今の私の生活には、確かに不要ですし、
無いからと言って、困ることはありません。
ただ、それらを目にした瞬間、どんどん蘇ってくるその時の感情や雰囲気。
20年以上も放置していたというのに、不思議なもんです。
細かい記憶はちっとも思い出せないものの、
感情や雰囲気にいちいち気を取られてしまいました。
「これらは当時の私の生活を彩ってくれたモノであり、
現在の自分を形成してきた一部だった!」という懐かしさと、
同時に「これらのモノは、何らかの役目を全うしてくれた」みたいな寂しさ。
(心の奥に潜んでいたポエマー魂)
何だか急に全てが名残惜しくなりましたが、
最後の帰省で思い出すことが出来た“ぽやぽや”した気持ちと、
わずかな荷物を現在の住まいへ持ち帰りました。
物事を複雑に考えてこねくり回すことが趣味なので、
連れ帰ったグレムリンのぬいぐるみを眺めつつ、
この不思議な感覚を楽しみたいと思います。
後日談:どうやらぽやぽやの正体はノスタルジーだったみたいです。スッキリ!